2026年1月18日 (日)

0098:2025年ルマン24時間

 2025年6月14日~6月15日、FIA世界耐久選手権第4戦ル・マン24時間レース()の決勝レースが、フランスのサルト・サーキットで行われ、フェラーリ499Pの83号車(AFコルサ:R. クビサ/Y. イーフェイ/P. ハンソン)が優勝しました。これでフェラーリは三連勝。2位は最後尾からスタートのポルシェ963(ポルシェ・ペンスキー・モータースポーツ:K.エストーレ/L.ファントール/M.キャンベル)でした。通算6度目のル・マン制覇を狙ったトヨタ・ガズー・レーシングは、特別カラーをまとった小林可夢偉組トヨタGR010ハイブリッド7号車が総合6位入賞。もう一台の 平川亮組の同8号車(ここ数年来の黒赤の悪役ルック)は200周到達を前に一時は首位を走行したものの、アクシデントに見舞われ16位に沈みました。

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YouTubeでのハイライト動画はこちら。

https://www.youtube.com/watch?v=zykpUGFlfcM

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優勝してフェラーリ三連覇(通算12勝目)を達成したのはワークスではなくAFコルセからエントリーされた黄色い83号車。

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せっかくなので3台を一緒に並べてみました。2023年の「51」はブラーゴ製、24年の「50」と25年の「83」はルックスマート製です。

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2位のペンスキー・ポルシェ963はお馴染みスパークモデル製。細いアンテナを折ってしまいそうで台座からはずす時には超緊張でした。

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さて、ペンスキーで思い出すのがデイトナでの優勝。24年にもポルシェ963で勝っていますが、僕らの青春時代では1969年にSunocoカラーのローラT70 Mk.III GT(シボレーエンジン)で総合優勝したのを思い出します。その後、フェラーリ512Sを独自に改良してデイトナやルマンで闘っていたこと、さらにはCan-AMシリーズをポルシェ917-30で席巻していたことを忘れるわけにはいきません。いずれも車番は「6」で、メインドライバーはM. ダナフューでした。

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7号車GR010 HYBRID(小林可夢偉/マイク・コンウェイ/ニック・デ・フリース)は、予選16番手に沈み、スタート直後の1周目に接触自己を、さらにピットレーン速度違反から50秒のペナルティを喰らったもののトップから1周遅れの6位でフィニッシュしています。かつてのGT1時代のTS020ルックの赤白パターンでの挑戦でしたがあの時ほどの図抜けた速さは取り戻せませんでした。こちらも定番スパークモデル製です

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2025年7月20日 (日)

0097:トヨタESV

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トヨタESVは、1970(昭和45)年2月、米国運輸省が提唱したESV(実験安全車、Experimental Safety Vehicle)の開発計画のうち車重2,000ポンド(約900㎏)のESV開発に応募するために制作されたものです。米国政府は、日本政府および西ドイツ政府などにESV開発の協力を求め、米国、日本、西ドイツなど世界各国の自動車メーカーがそれぞれ協力しました。1枚目の写真上段が実際に日本政府に10台納入されたものと同型で、ESV-1と呼ばれるものです。下段は1971年11月に開催された東京モーターショーに「ESV-2」として展示されたショーカーであり、ESV-1のコンセプトにより実用性を加味して制作されたものです。

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当初、このESV-1は一般には公開されず雑誌や新聞の写真等でしか接することが出来ませんでした。最近、このESV-1が名古屋駅近くのトヨタ産業技術記念館で展示されていることがわかり、見に行ってまいりました。モーターショーで展示されたESV-2と異なり、メッキモールによる加飾がなくスッキリしていることが最大の魅力です。ついさっきロールアウトしたばかりのようなコンディションであり、軽快なデザインでできればこのまま市販してくれていれば...と思わざるを得ませんでした。

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室内にはこのプロジェクトの評価のために開発されたダミーも載せられ、当時「見たくても見ることの出来なかった車体」を50年以上ぶりに初めて見ることが出来てたいへん感動いたしました。

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さて、こちらは1971年11月の東京モーターショーで実際に自分で撮影してきたESV-2です。アルバムからかなり退色してしまった写真をスキャンし、掲載いたしました。ESV-1と比較するとわかるように、ウインドウ周囲にメッキモールが加わったばかりか、バンパー上面もメッキが施されてあたかも当時モノの乗用車っぽくなってしまい、会場でひと目見てえらくガッカリした記憶があります。

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ここでモデルさんがドアを開いて示しているのが「乗員がシートに座ると自動的にベルトが着用状態になるパッシブラップベルト」です。3単式にはなっておらず、2点式に留まっています。

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こちらの線図は当時開発に携わっておられたT氏よりお譲りいただいたもので、たいへん貴重な資料です。

このESV-1およびESV-2に関わる資料は非常に乏しく、以下のトヨタ内部の歴史ページぐらいしかありません。

https://www.toyota.co.jp/jpn/company/history/75years/text/entering_the_automotive_business/chapter2/section2/item4.html 

また、このような車両なのでミニカーも発売されてはいなかったようです。

なお、この後発売されるコロナRT100/110系は、このESVの思想を反映して設計された、として人気を博しました。

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2025年4月 4日 (金)

0096:西武E851とSNCFル・キャピトール

 久しぶりに鉄道模型(16番+HO)です。

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 西武鉄道のE851は西武秩父線のセメント輸送のために製造された電気機関車で、昭和44年から4両製造されたものです。当時の国鉄FE65とEF81の「いいとこどり」をして運転席窓枠に半円形のデザインでちょっとお洒落をしていて、登場時から大変お気に入りでした。メーカー製の完成品もありましたが、これは確かオークションで見つけたマニアお手製(キット組み立て?)の模型です。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E6%AD%A6E851%E5%BD%A2%E9%9B%BB%E6%B0%97%E6%A9%9F%E9%96%A2%E8%BB%8A

 手前に置いたのは最近の海外通販サイトで見つけたE851によく似た半円形運転席窓枠を有するフランス国鉄(SNCF)の特急列車件引用の電気機関車です。1960年にパリ - トゥールーズ間を7時間で結ぶ急行列車「ル・キャピトール」を牽引するのに用意されたものです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%94%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%AB_(%E5%88%97%E8%BB%8A)#

 どちらも赤い車体に白っぽい帯があり、とてもお洒落です。E851は引退前にJRの客車を牽引してファンの期待に応えており、模型だけでも並べて楽しんでいます。

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2025年1月12日 (日)

0095:2024年ルマン24時間

 2024年6月15日~6月16日、FIA世界耐久選手権第4戦ル・マン24時間レースの決勝レースが、フランスのサルト・サーキットで行われ、フェラーリ499Pの50号車(アントニオ・フォコ / ミゲル・モリーナ / ニクラス・ニールセン)が優勝しました。TOYOTA GAZOO Racing GR010 HYBRIDの7号車(小林 可夢偉 / ホセ・マリア・ロペス / ニック・デ・フリース)は、クラス最後尾となる23番手スタートから見事な追い上げを見せ、24時間、311周の死闘の末に2位でフィニッシュ。8号車(セバスチャン・ブエミ / ブレンドン・ハートレー / 平川 亮)は、レース大半をリードしていましたが、残り2時間というところで他車との接触によるスピンを喫し5位に甘んじる結果となりました。

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 例年だと翌年のルマン開幕のちょっと前にようやく前年度のミニカーが間に合う、と言うタイミングだったのですが、今回は年末に1位・2位のモデルが揃いました。

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優勝車であるフェラーリ499PはLook Smart製です。銀色のプレートもなかなか立派にできています。

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2位のトヨタGR010-Hybridはお馴染みSpark製です。リアフェンダーの白赤の模様は実は「GR」と書かれていたことに気がつきました。とは言え、この黒いボディカラー、僕には「悪役」風に見えて仕方ありません。

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2024年8月12日 (月)

0094:2014年ルマン24時間

 2014年6月14日から6月15日にかけて開催されました。この年のトピックはポルシェが919ハイブリッドが再参戦してきたことです。またトヨタもTS030からTS040に切り替え、ポールポジションを獲得するに至りました。

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 レース本番ではトヨタ7号車に乗るアレクサンダー・ヴルツが序盤をポールポジションからの首位のポジションをほぼ維持して、リードする展開で始まり、夜間にはアウディ勢2台に対して1分以上の差を築いていましたが、中嶋一貴がドライブしていた時にトヨタ7号車がレース残り9時間を残してアルナージュ・コーナー付近のバリアの傍らに車を停め、電気系トラブルによって痛恨のリタイアを余儀なくされました。ポルシェも一時は首位まで上がったものの。最終的にはマルセル・フェスラー/ブノワ・トレルイエ/アンドレ・ロッテラーという4年間で3回優勝した3人組が駆るアウディ2号車がトップでチェッカーを受けました。モデルはアシェットのル・マン24時間レースコレクションのもので、Spark製です。

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0093:2013年ルマン24時間

 前年度完走できなかったトヨタはTS030のフロントのハイブリッド用スペースを廃止してモノコックとサスペンションを再設計し、530馬力のV8エンジンと組み合わされる THS-Rシステムは300馬力を発生するよう改良が進みました。

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 レースの序盤はアンドレ・ロッテラーのアウディ1号車とアンソニー・デビッドソンのトヨタ8号車でトップが争われましたが、トム・クリステンセン、アラン・マクニッシュ、ロイック・デュバル組のアウディ・R18 e-tron クアトロ2号車が優勝しました。クリステンセンは9回目、マクニッシュは3回目、デュバルは初めてのルマン優勝となりました。モデルは3位となった3号車でIXO製です。

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0092:2012年ルマン24時間

 この年のルマン24時間レースは第80回目となります。連勝中のアウディは前年度のR18をハイブリッドに進化させたR18 e-tronクアトロを2台ヨースト・レーシングに委ね、ディーゼルターボのままのR18をアウティ・スポーツ・ノースアメリカから出走させました。この年のエポックは1999年を以てルマンから撤退していたトヨタがハイブリッドが許されるようになったFIA世界耐久選手権に復帰したことです。当時のTS020からの連番でTS030と名付けられ、ドイツのTMG(Toyota Motorsport)を拠点として開発されたもので、パワートレインは、トヨタの量産車向けのハイブリッドシステム(Toyota Hybrid System、THS)の開発チームの協力を得てトヨタ東富士研究所のモータースポーツ部が開発したもので、「THS-R (TOYOTA Hybrid System - Racing)」と命名されています。

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 予選ではアウディの1号車がポールポジションを、2番手にディーゼルターボの3号車が続き、トヨタ7号車は3番手となりました。しかし本番となると5時間目にトヨタ8号車は追突されてリタイア、11時間目に7号車もリタイアし、復帰第1戦での完走はなりませんでした。優勝はマルセル・フェスラー、ブノワ・トレルイエ、アンドレ・ロッテラー組のアウディ1号車でした。モデルは前年同様IXO製です。アウディはこれでルマン通算11勝となりました。
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 前年までアウディと覇を競っていたプジョーは参加を取りやめており、そこに登場してきたトヨタがプジョーと似通ったブルーを配した塗装だったのが個人的にはとても歓迎できず、モデルの購入もためらってしまいました。そのため10年以上経ってからのヤフオク!での購入となってしまいました。こちらはSpark製です。

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0091:2011年ルマン24時間

 2011年は2007年以来となる大きなレギュレーションの改訂が行なわれました。新しいLMP1カーのエンジンは自然吸気(NA)エンジンの場合は最大排気量を3.4L(3,400cc)までとし、ターボの場合は2.0L(2,000cc)までとし、ディーゼル・ターボの場合は3.7L(3,700cc)となりました。また、KERS・フライホイールを含むハイブリッド・ビークル・ドライブトレイン・システムも新しいレギュレーションで広範囲にわたって認められました。
 LMP1クラスに出走するアウディは、前年まで運転席の部分が外部に露出されているオープンボディのアウディ・R15 TDIを使用していたが、運転席の部分が完全に覆われたクローズドボディのアウディ・R18 TDIを本シーズンより投入してきました。すでクローズドボディを採用していたプジョーも908を投入してきました。エンジンはともにディーゼルターボ。予選順位は、アウディが1位、2位、5位、プジョーが3位、4位、6位となったが、トップから6位までのタイム差はわずか0.6秒であり、両陣営の実力は伯仲したものになりました。

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 レース本番はアウディ1号車が早々にリタイアしたものの、燃費やタイヤ交換間隔などで有意であるはずのプジョー勢がトップを走るアウディ2号車を捉えることができず、優勝はマルセル・フェスラー、アンドレ・ロッテラー、ブノワ・トレルイエの駆るアウディ2号車(モデルはIXO製)となり、セバスチャン・ボーデ、サイモン・パジェノ、ペドロ・ラミーの駆るプジョー908(モデルはSpark製)が13秒854差にまで追い上げたものの連覇を逃しました。
 この勝利で、アウディは通算10回目となる優勝を達成し、フェラーリの通算9回を抜いてポルシェの優勝16回に次ぐ優勝回数歴代2位となりました。

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2024年7月 7日 (日)

0090:2010年ルマン24時間

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第77回ルマン24時間レースは2010年6月12日〜13日に開催されました。この年も再びアウディとプジョーの対決となりました。

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アウディは「R15プラス」と呼ばれる進化型を投入しました。レギュレーションの変更に伴いディーゼルエンジン搭載車のリストリクターが小径化されたために出力が低下しました。このパワー不足を補うためフロントノーズの形状を変更して分割型にするなど、フロント回りを中心に空力面の改善が施されました。
決勝では安定感を武器に逆転し上位3台を独占し、王座を奪回しました。 優勝クルーはティモ・ベルンハルト、ロマン・デュマ、ロッケンフェラー組みでした。

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プジョーは改良型の908を投入。ワークス3台、プライベーター1台で参戦しました。予選でプジョー908 HDi FAPが上位4台を独占するなどラップタイムでは目覚ましいものがありましたが、決勝ではマシントラブルが相次ぎ、全車リタイアとなってしまい、アウディに再び王座を譲らざるを得ませんでした。

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0089:2009年ルマン24時間

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第77回ルマン24時間レースは2009年6月13日〜14日に開催されました。この年も再びアウディとプジョーの対決となりました。

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3シーズン目となるプジョー908 HDi FAPは、1・2位を獲得し、アウディの牙城を崩しました。これは、先代マシンである1993年のプジョー・905以来の、非ドイツ製エンジン搭載車による16年ぶりのルマン勝利となります。

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アウディはR10 TDIの後継として開発したR15 TDIをデビューさせました。「第2世代」ディーゼルレーシングカーと位置づけています。従来のノーズの低いデザインから一新したハイノーズを導入したほか、リヤウイングもスワンネック(吊り下げ式)に変更しています。レースでは3位に終わっています。

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クラスはLMP2となりますが、2004年のルマンウィナーである荒聖治は国本京佑、サッシャ・マーセンと組んでチーム郷から出場しました。残念ながら結果はリタイアに終わっています。

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