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2022年6月23日 (木)

0077:1997年ル・マン24時間

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ヨースト・レーシングがエントリーしたTWR-ポルシェ・WSC95は、前年の1996年と同じシャーシで優勝し、同じシャーシで連続してル・マンを優勝したのは2回目となります。後にル・マンで9勝を記録することになるデンマークの人気ドライバー、トム・クリステンセンがル・マンで最初の1勝を記録しました。

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2位に入ったのはガルフカラーのガルフ・チーム・ダビドフ・マクラーレンでした。
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モレッティ・レーシングがLMPクラスでエントリーしたフェラーリ・333SPは6位に入賞しています。「モレッティ」は「momoステアリングホイール」を製造販売していたメーカーです。僕も往時はセリカなどに装着しており、ひときわ懐かしいブランドです。

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昨年好成績をあげたポルシェ911-GT1は「evo」となりましたが、「25」「26」ともリタイアに終わりました。

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0076:1996年ル・マン24時間

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ヨースト・レーシングのエントリーしたTWR-ポルシェWSC-95は、TWRが設計したジャガーXJR-14レーシングカーのシェルから生まれ、TWRによってオープントップデザインに変更され、ポルシェ・962エンジンが搭載されています。昨年優勝したマクラーレンはGT1クラスで多数参加してきましたが、このクラスでの注目はポルシェが持ち込んだ911-GT1でした。また、スカンディアレーシングが運営する2台のフェラーリ333SPはIMSA-WSCとなります。

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ジョーンズ、ロイター、ヴルツのヨーストレーシング7号車はミスを出さず、首位を守り優勝しました。

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ポルシェ911-GTIはデビューレースでしたが、2・3位に入賞しました。

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0075:1995年ル・マン24時間

これまで長年隆盛を誇ってきたグループCカテゴリーのマシンが出場できなくなり多くのメーカーワークスのマシンの参戦が期待されましたが、 実際に出場したのはLMGT1クラスで「マクラーレン・F1 GTR」、「ホンダ・NSX」、「トヨタ・スープラ LM-GT」、「日産・スカイラインGT-R」、「ポルシェ・911 GT2 Evo」、「フェラーリ・F40 LM」がワークスやセミワークスで、またかつてのグループCのシャシーを利用したWSCクラスではフラットボトムなどの規格に合致させたクラージュ・ポルシェやクレマー・ポルシェが4台参戦するにとどまりました。
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決勝はスタートこそ晴れてはいたものの、記録上最も雨の多いル・マンになりました。スタート後1時間で雨が降り出し、その後も一晩中日曜日の朝まで雨がずっと続き、最後までにわか雨が降り続きました。レインコンディションの為レースのペースは遅く、信頼性の低いマシンには有利な展開となりました。大雨の中で、WSCカーはパワーアドバンテージを失い、夜のうちにはマクラーレンが1-2-3位になりGT1クラスにメリットがでてきました。残り2時間、ダルマスが先頭に立ちそこからは彼らはトップを維持し、そのまま24時間目まで走りきり、ヤニック・ダルマス、J.J.レート、関谷正徳組の乗るマクラーレン・F1 GTRの59号車が24時間で4,055kmを平均速度168.992km/hで走って総合優勝となりました。関谷正徳は、ル・マンで総合優勝した初めての日本人ドライバーとなりました。

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0074:2017年ル・マン24時間

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アウディが2016年限りでFIA 世界耐久選手権から撤退したため、2017年のル・マンではトップカテゴリーであるLMP1にワークスで参戦したのはトヨタ・ポルシェの2社のみとなりました。前年度「あと1週」で勝利を逃がしたトヨタTS050は練習走行、予選から優れたペースを見せ、特に予選では小林可夢偉が従来のコースレコードを2秒縮めるという成果をあげていました。

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決勝では、LMP1の全車がトラブルに見舞われた影響で、終盤の時点でもLMP2の車両が総合首位につけていましたが、一度は優勝争いから脱落していたポルシェ919ハイブリッド2号車(ティモ・ベルンハルト、アール・バンバー、ブレンドン・ハートレー)が残り1時間で逆転し、ポルシェにとって19度目の優勝を飾りました。2015・16年と連覇していたポルシェは、この2017年でFIA 世界耐久選手権挑戦を休止することを発表しました。

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トヨタTS050 HYBRID決勝でも前半を1-2体制で走り続けましたが、8時間ほどで2位の8号車はトラブルにより長期ピットイン。1位の7号車は、10時間経過後の夜間のセーフティカー走行中に小林可夢偉の7号車はピット出口にて発生したハプニングにより想定していない手順で発進したことによりクラッチを破損、この結果ピットには還れずリタイアとなりました。残った9号車ものいくつものトラブルに見舞われリタイアとなり、先にトラブルに見舞われた8号車(セバスチャン・ブエミ、中嶋一貴、アンソニー・デビッドソン)が最後まで生き残り、格下のLMP2数台に先を越されての総合8位(クラス2位)に終わりました。

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2022年6月22日 (水)

0073:1994年ル・マン24時間

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1990年までのグループCは新たに「LMP1」と定義され、トヨタはワークス参加ではなかったもののトヨタ・94C-Vがサードとトラストに1台ずつ貸与され、参戦しました。また「GT1」カテゴリーが設定され、量産されている車両が原則で、同一メーカーのものならエンジン自由、サスペンションも同一形式内での改造自由、最低重量1,000kg、燃料タンク120リットル以下と定められました。これに応じたのがポルシェで、962Cを公道向けに改造していたダウアー・シュポルトワーゲンを依代に、GT1として参戦するには1台でもいいので公道走行可能なナンバー取得車両があればよいということから、ダウアー・962LMとして実質ポルシェワークスのル・マン・ポルシェ・チーム/ヨースト・レーシングチームで出場してきました。

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48台が出走した決勝レース序盤は連続周回数の多いダウアーが優勢で1、2位を占めていましたが、トラブルが発生し、日付が変わる頃にはサード、トラストがレースをリードし、のちにトラストが脱落した後もサードはトップを保ち、トヨタ初の優勝は確実と思われていましたが、レース終了38分前にシフトリンケージトラブルが発生し、ダウアー2台に抜かれてしまいました。ダウアー962LMの36号車、ヤニック・ダルマス、ハーレイ・ヘイウッド、マウロ・バルディ組が24時間で4678.4kmを平均速度195.265km/hで走り優勝しました。

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終了38分前のトラブルに対し、搭乗していたジェフ・クロスノフは機転を利かせてエンジンカウルを外しギアを手で3速に押し込んでピット生還を果たしましたが、このタイムロス18分でダウアー2台に抜かれてしまいました。鬼神の追い上げで1台を抜き返したもののそこまででレースが終了し、初優勝をのがしてしまいました。

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3位に入った「35」は、1988年のカラーを想起させるシェルのカラーリングでした。

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0072:1993年ル・マン24時間

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3,500ccNAマシンによるスポーツカーレース(スポーツカー世界選手権、SWC)は1991年シーズン終了後にも中止される可能性があり、ワークス参戦もプジョーとトヨタのみとなり観客動員数も大幅に減ってしまいました。ポルシェはプライベートチームからポルシェ・962Cが出場しています。

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プジョーは前年より3秒以上遅い3分24秒94を出したプジョー905の2号車がポールとなり、決勝でもジェフ・ブラバム、クリストフ・ブシュー、エリック・エラリー組の乗るプジョー905の3号車が24時間で5,100kmを平均速度213.358km/hで走って優勝し、2位・3位にもプジョーが入り、表彰台を独占しました。

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トヨタTS010は一時トップに立ったもののトランスミッショントラブルで後退し、36号車の4位が最高位でした。トヨタ勢のうち、トヨタ・93C-V(旧規格のグループC)が出場したサードとトラストはトラブルなく24時間を走り切り、総合5位、6位となりました。

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0071:1992年ル・マン24時間

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プジョーはジャン・トッドの元で耐久テストをこなしてプジョー・905の耐久性を大幅に上げて参加してきました。トヨタ自動車は1991年シーズンを休止した間に新たにじっくり開発していた3,500ccエンジン搭載車、TS010を3台投入してきました。ロータリーエンジンが使用できなくなったマツダは独自にチューン[1]したジャッドGV10型V型10気筒エンジンをジャガー・XJR-14の車体に搭載したマツダ・MX-R01を持ち込みました。

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決勝レース開始当初はプジョーの2台が先行し、5周目にマツダに抜かれたものの、電気系統のトラブルでわずかなスローダウンや数分のピットロスはあったがその他にトラブルらしいトラブルはなく経過し、デレック・ワーウィック、ヤニック・ダルマス、マーク・ブランデル組のプジョー905:1号車、が24時間で352周を走り切って優勝しました。

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トヨタは関谷正徳、ピエール=アンリ・ラファネル、ケニー・アチソン組のチーム・トムスの33号車が2位に入り、トヨタにとっての最高成績となりました。

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マツダは、短期間でこれまでと全く違うタイプの車両を作成して4位に食い込み、賞賛されました。

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2022年6月21日 (火)

0070:1991年ル・マン24時間

この年は、新カテゴリーC1(排気量3,500ccまでの自然吸気エンジン、マシンの最低重量750kg、燃費制限なし)と、従前のグループCカテゴリーC2との混走となりました。従前のグループC車両での参戦は1991年までとされ、最低重量が原則1,000kgという重いハンディキャップが課せられましたが、ただ1社ロータリーエンジンを有するマツダは前年のレースで惨敗したことから周囲に警戒されておらず、その最低重量は880kgと決められました。

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決勝は出走は38台と第二次世界大戦後最少台数となりました。 新規格車両で臨んだプジョー905は序盤をリードしたものの結局5号車が1時間半でエンジンを壊し、6号車もトランスミッションを壊してリタイアしました。その後のレースはメルセデス・ベンツ3台が先行し、それをジャガー3台とマツダ2台が追う展開となりました。21時間目、トップを走るメルセデス・ベンツ1号車がオーバーヒートなどでピットイン、マツダ787B:55号車はトップに立ちました。24時間目、ジョニー・ハーバート、ベルトラン・ガショー、フォルカー・ヴァイドラー組のマツダ787Bの55号車がジョニー・ハーバートの運転でピットロードにてチェッカーフラッグを受けました。周回数は362周、走行距離は4922.810kmでした。これが日本車初の記念すべきル・マン優勝となりました。
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2位は前年度優勝しているTWRチームのデイビー・ジョーンズ、ラウル・ボーセル、ミッシェル・フェルテ組のシルクカット・ジャガーXJR12:35号車でした。

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2017年のオートモビル・カウンシルで展示されていたマツダ787Bです。

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0069:1990年ル・マン24時間

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この年はちょうど日本がバブル期の最高潮にあり、日産・トヨタ・マツダ3社がかなり力を入れて臨み、好成績が期待されましたが結局成績は日産の5位・トヨタ6位に終わってしまいました。また、日本のプライベートチームが武富士、ケンウッド、トラスト、オムロン、ミズノと多数のポルシェ・962を使用しエントリーしていたことも記録しておきます。
決勝ではジョン・ニールセン/プライス・コブ/マーティン・ブランドル組のジャガーXJR-12:3号車が24時間で4882.400kmを平均速度204.036 km/hで走って、ジャガーとしては2年ぶり5回目となる優勝を果たしました。

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クレマー・レーシングの2台、アルファレーシング45号車(3位入賞)および伊太利屋43号車はシケインが設置されたことにより直線が最大2kmになっていることからポルシェワークスの指示に反しショートテール車両を投入していました。こちらは完走できなかった43号車ですが、車型が独特でカラーリングも大好きなのでコレクションに加えたものです。

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0068:1989年ル・マン24時間

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メルセデス・ベンツのザウバー・C9はスポンサーカラーをまとわない銀色のナショナルカラーで登場し、前年度優勝のジャガーも連覇を狙っていました。ポルシェはワークスではなく、ヨースト・レーシング等有力プライベーターを支援するに留まりました。

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16時間目にヨッヘン・マス/マニュエル・ロイター/スタンレー・ディケンズ組のザウバー・C9の63号車がトップに立ち、24時間で5,265.115kmを平均速度219.90km/hで走り、61号車を伴って1-2フィニッシュしました。メルセデス・ベンツの勝利は1952年以来37年ぶりでした。このモデルは優勝後間もなくにヴェネツィアで入手したもので、ほかのモデルと異なり精密度がちょっと..と言う代物ですが、このブログの中でも最長老に当たるもので、どうしても外せませんでした。

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3位に入ったのは「伊太利屋」カラーのヨースト・レーシング9号車のポルシェ・962であり、レース中も一時はトップを走ったほどで、まだまだ戦闘力があることを示しました。なお、集合写真の2台のトヨタ・89Cはこの年ようやく新規開発のV8を搭載していましたが、ニッサン勢とともに全車リタイヤしています。なお、マツダは完走して7、9、12位に入りました。

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0067:1988年ル・マン24時間

これまで途絶えていた分の記載もボチボチ再開いたします。どうぞお付き合いください。

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前年惜敗したジャガーのトム・ウォーキンショーは雪辱を期してジャガー・XJR-9を計5台[1][4]投入し必勝体制を組みました。決勝では「24時間のスプリントレース」を行う覚悟で臨み、ヤン・ラマース、ジョニー・ダンフリーズ、アンディ・ウォレス組の乗るジャガー・XJR-9LMの2号車(ヤン・ラマース、ジョニー・ダンフリーズ、アンディ・ウォレス)が24時間で5,332.780kmを平均速度211.665km/hで走って優勝しました。

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前年度まで優勝を続けていたポルシェですが、これまでスポンサーだったロスマンズがサポートを終了され、エンジンマネージメントシステムをボッシュと共同で改良し燃費改善と出力向上を図るという策でレースに臨み、予選ではワークス3台がトップ3を占めました。決勝ではトラブルが相次いだものの17号車(ハンス=ヨアヒム・スタック、クラウス・ルートヴィッヒ、デレック・ベル)は1位のジャガーを追い上げ、2位でゴールしています。

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トヨタ・88Cは、36号車(ジェフ・リース、関谷正徳、星野薫)が予選8位、37号車が10位と好グリッドを獲得し、決勝での好成績が期待されました。決勝レースで完走狙いに徹した作戦を取ったものの、完走こそ出来たものの順位は12位に留まってしまいました。日産・マツダも出場していますが、これが最上位でした。それとは別に日本人クルーはケンウッド・クレマー・レーシングから出場した高橋国光、岡田秀樹、ブルーノ・ジャコメリがドライブしたポルシェ・962Cが9位に入賞しています。

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0066:2019年ルマン24時間

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2018年の初優勝に続き、ポルシェ・アウディなどの競合ライバルが出場しない情況で、折からのコロナ禍に見舞われたル・マンは無観客試合となり、トヨタは「勝ってあたりまえ」というかたちで本番を迎えました。トヨタTS050 HYBRIDは、中嶋一貴、フェルナンド・アロンソ、セバスチャン・ブエミ組の8号車が優勝、小林可夢偉・マイク・コンウェイ、ホセ・マリア・ロペス組の7号車が2位に入り2年連続のワンツーフィニッシュを飾りました。これでトヨタはル・マン2連覇となりました。

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2022年6月19日 (日)

0065:2021年ルマン24時間

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ル・マンの車両規定がこれまでのLPM1からLMH(ハイパーカー)に変更されました。また、コロナ禍のため2019・2020と無観客試合でしたが、この年から有観客試合に戻りました。ハイパーカー仕様のGR010を投入したトヨタは、序盤の接触やトラブルに苦戦しつつも着実なレース運びでワンツーフィニッシュを飾り4連覇を果たしました。7号車の小林可夢偉、マイク・コンウェイ、ホセ・マリア・ロペス組が初優勝を飾り、2位にはブレンドン・ハートレー、セバスチャン・ブエミ、中嶋一貴の8号車が入りました。

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0064:2020年ルマン24時間

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これまで継続されてきたLMP1規定は2020年限りとなることが決定していました。それに加えてコロナ禍のため2年連続で無観客開催となった中、トヨタTS050 HYBRIDのブレンドン・ハートレー、セバスチャン・ブエミ、中嶋一貴の8号車が3連覇を果たしました。

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0063:2018年ルマン24時間

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2012年から再挑戦して7年目、TS050 HYBRID 8号車の中嶋一貴、セバスチャン・ブエミフェルナンド・アロンソ組が悲願の初優勝を飾りました。アウディが2016年まで、そしてポルシェも2017年まででワークス参加を止めてしまったため、トヨタとしては「勝ってあたりまえ」という状態ではありましたが、優勝した8号車はポールtoウイン、日本チーム、日本車というオールジャパンチームという組み合わせは初めてでした。
このモデルはフィニッシュを模したフィギュア付きケース入りで「TOYOTA GAZOO Racing 」の限定品でした。

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優勝クルーの笑顔。

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お里帰りしたTS050。

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豊田社長の記念撮影。いずれもGazoo Racingのページから拝借して貼っておきます。
これまでのトヨタによるル・マン挑戦のストーリーをYoutubeでご覧ください。

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