0073:1994年ル・マン24時間
1990年までのグループCは新たに「LMP1」と定義され、トヨタはワークス参加ではなかったもののトヨタ・94C-Vがサードとトラストに1台ずつ貸与され、参戦しました。また「GT1」カテゴリーが設定され、量産されている車両が原則で、同一メーカーのものならエンジン自由、サスペンションも同一形式内での改造自由、最低重量1,000kg、燃料タンク120リットル以下と定められました。これに応じたのがポルシェで、962Cを公道向けに改造していたダウアー・シュポルトワーゲンを依代に、GT1として参戦するには1台でもいいので公道走行可能なナンバー取得車両があればよいということから、ダウアー・962LMとして実質ポルシェワークスのル・マン・ポルシェ・チーム/ヨースト・レーシングチームで出場してきました。
48台が出走した決勝レース序盤は連続周回数の多いダウアーが優勢で1、2位を占めていましたが、トラブルが発生し、日付が変わる頃にはサード、トラストがレースをリードし、のちにトラストが脱落した後もサードはトップを保ち、トヨタ初の優勝は確実と思われていましたが、レース終了38分前にシフトリンケージトラブルが発生し、ダウアー2台に抜かれてしまいました。ダウアー962LMの36号車、ヤニック・ダルマス、ハーレイ・ヘイウッド、マウロ・バルディ組が24時間で4678.4kmを平均速度195.265km/hで走り優勝しました。
終了38分前のトラブルに対し、搭乗していたジェフ・クロスノフは機転を利かせてエンジンカウルを外しギアを手で3速に押し込んでピット生還を果たしましたが、このタイムロス18分でダウアー2台に抜かれてしまいました。鬼神の追い上げで1台を抜き返したもののそこまででレースが終了し、初優勝をのがしてしまいました。
3位に入った「35」は、1988年のカラーを想起させるシェルのカラーリングでした。
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