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2022年6月21日 (火)

0070:1991年ル・マン24時間

この年は、新カテゴリーC1(排気量3,500ccまでの自然吸気エンジン、マシンの最低重量750kg、燃費制限なし)と、従前のグループCカテゴリーC2との混走となりました。従前のグループC車両での参戦は1991年までとされ、最低重量が原則1,000kgという重いハンディキャップが課せられましたが、ただ1社ロータリーエンジンを有するマツダは前年のレースで惨敗したことから周囲に警戒されておらず、その最低重量は880kgと決められました。

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決勝は出走は38台と第二次世界大戦後最少台数となりました。 新規格車両で臨んだプジョー905は序盤をリードしたものの結局5号車が1時間半でエンジンを壊し、6号車もトランスミッションを壊してリタイアしました。その後のレースはメルセデス・ベンツ3台が先行し、それをジャガー3台とマツダ2台が追う展開となりました。21時間目、トップを走るメルセデス・ベンツ1号車がオーバーヒートなどでピットイン、マツダ787B:55号車はトップに立ちました。24時間目、ジョニー・ハーバート、ベルトラン・ガショー、フォルカー・ヴァイドラー組のマツダ787Bの55号車がジョニー・ハーバートの運転でピットロードにてチェッカーフラッグを受けました。周回数は362周、走行距離は4922.810kmでした。これが日本車初の記念すべきル・マン優勝となりました。
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2位は前年度優勝しているTWRチームのデイビー・ジョーンズ、ラウル・ボーセル、ミッシェル・フェルテ組のシルクカット・ジャガーXJR12:35号車でした。

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2017年のオートモビル・カウンシルで展示されていたマツダ787Bです。

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