第6回国際脳卒中学会(WSC2008:4)
会期も終わったのにさらに古いネタで恐縮ですが、昨年のBrain'07(大阪)では前帝京大学脳神経外科教授の田村晃先生(ラットにおける実験的中大脳動脈閉塞モデルの先駆者)がご自身の教育講演で「脳虚血の世界では実験が臨床の役に立ったことはあまりなかった」とお話しになったのをうかがい、ショックを受けました。自分の研究も田村先生とは異なる方法(アラキドン酸注入→塞栓子挿入へ移行)であっても中大脳動脈閉塞モデルによるものであり、1992年の論文(ラットにおける局所脳虚血モデルでは血流再開を行っても虚血時間が2〜3時間になると再開通をしない状態とほぼ同等の脳梗塞病変を残す:Stroke. 23:552, 1992)で脳虚血発症→血流再開に限界時間があることを証明したことによって現在の血栓溶解療法が「発症3時間以内」というくくりで安全かつ確実な治療法として確立した、と信じてきただけにエキスパートの方からのそうした評価は自分の存在価値に関わるような気がしました。
さて、今回のStroke'08(=WSC2008, 今回の学会では各所でこの表記が使われていました:日本脳卒中学会総会も同様の表記を使うため本ブログではここだけに止めます)でも「これまでの脳虚血実験システムでは治療薬剤の評価が難しい」とする意見が支配的でした。確かに、脳虚血モデルで有効性を指摘したカルシウム拮抗剤・NMDA阻害薬・AMPAレセプタ阻害剤などは結局脳虚血治療薬としての役割を果たすことができませんでした。同様に実験でいろいろ検討されたフリーラジカル消去剤だけは日本で認可され、立派な成績を残していますが海外での評価はさほどでもありません。動物実験が臨床応用に役立たない主たる要因は「nの少なさ:精密な実験系ではモデル作成に手間を要しどうしても実験対象となる個体数が少なく、膨大な数を処理することによってマイナーな変化を押さえ込むことができない」「術者が研究者そのもののため無作為抽出法のような客観的評価ができない」「小動物では人間に使用する薬用量そのもののシミュレーションにならない:ラットの場合などは人間の使用量の10〜20倍ほど使用するのが普通、つまり人間に使用する場合に安全性が加味されると全く生物学的反応が起こらない可能性もある」などと指摘されました。無作為抽出法による大規模臨床試験は新しい薬剤が世に出るためにはどうしても避けて通れない道筋です。しかし、医者たる我々が「もしかしたら1/2の確率で全然効かないクスリ(対象薬がプラセボ:偽薬になる場合が多い、もし対象薬がこれまで効果が確立されている薬になっているならこの危険性はなくなるが逆に新薬の効果が認められないケースがある)」を実際に生死の境におられる患者さんに投与することは人道的に許されることではありません。個人情報保護などの観点も絡み、これからさらに進歩しなければならないはずの医療の過程はますます困難になっていくような気がします。アジア諸国数カ国にまたがって行われたさる大規模試験でも日本が(意図的かどうかはともかく)外されていた発表があり、さもありなんと感じました。
実験的脳卒中への指摘されたような見解はあるものの、いずれ近いうちに脳卒中治療と実験的脳卒中の関わりについての私見はまとめてみるつもりです。今回は長文になってしまい、ご迷惑をおかけいたしました。ここまで読んでくださった方に多謝。
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