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2011.07.20

お見舞いの旅(石巻)

1107kuwashima 震災直後のエントリーで書いた、カミさんの妹の嫁ぎ先がこちらの桑島先生です。幸い、桑島歯科クリニックのある石巻市蛇田地区は津波による床下浸水(夜9時頃に上がってきたとか)のみで済み、現在は普通に診療を行っておられます。ちょっと先の場所では自動車が通れないような水深の浸水が5日間も続き、電気や水道もなかなか通らず、携帯電話が移動中継車で一日のうちきまった時間通じるようになって初めて消息がわかりました。当ブログをご覧になった方々からいただいた励ましに頭の下がる思いです。
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 とはいえ、石巻は今回の震災でもかなりの被害を受けた地区であり、海岸沿いの集落はかなりの被害を受け、水産加工業や製紙業などが大打撃を受けました。仙台と石巻を結ぶ住民の大切な輸送手段である仙石線はいまだに復旧の目処が立っていないそうです。写真の奥に見える、あたかも堤防のように見えるものは瓦礫であり、台風や高波が来た時どうなるのか気になります。また、スクラップになった自動車などが同様に積み上げられている場所があったり、いまだに水が引かない場所があったり(1メートルもの地盤沈下と聞きました)して、まだまだ「復興」というにはほど遠い現実があることがわかりました。
 市内では先日から蒲鉾の「白謙」が営業を再開しており、カミさんが長蛇の列に並んで買い込んで来ました。さきほど一口味わってみましたが昔ながらの美味しさでした。

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コメント

100日経っていても瓦礫の撤去が進んでいない事や空襲後のような光景には言葉がありません。無力感を感じてしまいますが歯科医院に大きな被害が無かったのは良かったですね。しかし高台まで浸水するとは想像できません。

投稿: | 2011.07.21 午後 01時35分

 ところどころに残っている家屋は「建っている」のではなく大抵が「流されてそこにある」だけで、所有者がわからず解体できないだけのものと聞かされました。土台も宮古のように「後々の境界確保のために残す」と言うような明確な方針はなく所有者によってはすっかり更地にしているところもあります。統一された方針がなさそうにみえました。でも、これは自治体のせいでなく、ハッキリした統一方針を示さない国政に起因するのではないかと思います。

投稿: 管理人 | 2011.07.21 午後 11時28分

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