2013.09.21

中小岩小学校で「生活リズムと疾患予防」を講演しました

1309 自分が校医をしている中小岩小学校は今年70周年を迎えます。今週から11月までそのための行事がいくつか企画されていますがそのひとつとして学校開放(昔の授業参観)の行われた本日、5・6年生とそのご父兄を対象に「生活リズムと疾患予防」という講演をさせていただきました。5年前全学年を対象に「生活リズムで元気にすごそう」という講演を行いましたが、今回は対象が高学年のみとなったこととご父兄も聞かれることから生活習慣病との関連を(なるべく)かみ砕いてストーリーを考えました。この中で、手首式の血圧計を持ち込み、実際にお子さんの血圧を測ったりして興味を持ってもらえるよう工夫してみました。
 中小岩小学校は自分の母校でもあり、周年行事の一環で作成されたポロシャツ「なかこいわっしょい」の黄色いシャツを着込んで行きました。どれだけのお子さんの頭の中に残るかはわかりませんが、血圧(さらには血糖やコレステロール)に関心を寄せてもらえれば有り難いと思っています。

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2013.07.24

幻の第47回葛飾花火大会

 昨7月23日、葛飾区江戸川河川敷で第47回葛飾花火大会が催され...るはずだったのですが、折からの豪雨で中止となってしまいました。警備にはあの「DJポリス」まで動員されていたそうだったのですが。
 僕は江戸川区医師会の理事会だったため京成小岩の「錦」で夕食をカミさんと摂った後、彼女を新柴又駅近くまで裏道を走って送り届け、柴又通りを南下していたところ突然の豪雨が始まったのでした。以下は、カミさんの体験談。

 雨が降り出した時、私は江戸川堤防に上がっていました。あと5〜6分もすれば花火の打ち上げが始まりそうな時に雨が降り出したので雨宿りができそうな場所....と周りを見渡すと北総鉄道のガードが。そこの下は警備用のライトが点いていて明るくなっていました。そうこうするうちに突然大粒の雨が降り出し、雷も鳴り始めました。河川敷にいた人たちが蜘蛛の子を散らすように土手を駆け上がるのが見えましたが、私はとにかく雨宿りを続けました。主人が心配しているといけないのでメールを打ちましたが、電話はあきらめました。もはや、花火大会ではなくあちこちに落ちる雷がみんな見渡せ、雷大会という有様でした。でも、私のいた場所では何のアナウンスも聞こえませんでした。
 なんとか雨が小降りになり、傘を差して帰途につきましたが途中の警備のアナウンスでは「今日の花火大会は中止です、明日への順延もありません」とのこと。どうも、発射寸前だった花火には雨よけのビニールシートをかけたり格納したりすることは不可能な状態での雨の始まりで、準備した花火は大半がダメになったらしい、という話が聞こえていました。土手の上を歩いて帰る人たちも大勢いましたが落雷が怖く、土手を越えて民家の間の道をたどって自宅まで帰り着いたのです。浴衣で来ていた人たちも多く、あの人たちはずぶ濡れになってどうやって電車やバスに乗ったのだろう、と心配しています.....。

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2013.04.19

千代田区飯田橋3丁目5番地今昔

Photo 「千代田区飯田橋3丁目5番地」。現在、この住所には東京区政会館があります。この住所にはその前、平成9年8月まで日本医科大学附属第一病院がありました。僕は、獨協医大を卒業後ただちにこちらの病院にある内科(日本医大第二内科)へ入局しました。現理事長である赫先生が主任教授になった最初の入局者でした。以来、派遣で2回佼成病院(中野)へ出たりスウェーデンへ留学したりの間を除き、ずっと第一病院で過ごしておりました。この間、二人の娘がこちらで産声を上げました。亡き父が腎不全を患い透析導入されたのもこちらの病院でした。
Photo_2 日本医大の経営が危機を迎え、同時に病院の建物が老朽化して耐震化をせねば病院として存続できないご時世を迎えたため閉院を余儀なくされることになった時、赫教授に内科医局長として幕引きの庶務雑務を行うことを任されました。いろいろ辛いこともありましたが、先輩後輩の方々の協力を得てなんとか千駄木の付属病院への移動を軟着陸させることができました。
 今日、さる研究会があり飯田橋を訪れました。ぶらりと九段下から飯田橋駅まで歩く途中、区政会館を見上げ、ここに残した足跡をちょっと振り返りたくなり古い写真を開いてみたのです。また、ネットで検索してみるとこんな書き方をされたページを見つけました。確かに大正の香りを残す建物ではありました。時々疲れた時にはこの病院内とおぼしきところを堂々巡りしている夢を見ます。思い出の写真も数多く手許にあり、何らかの機会にはご紹介したいと思いますが、今日は今昔の対照写真とスタッフとの記念写真だけアップするにとどめます。

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2013.03.19

サクラサク(駿河小町が咲きました)

1303 一つ前のスレッドで書いた「駿河小町」が咲きました。下の写真に解説されているように、可憐で淡紅色の花が一つの房に3つずつつきました。どうもお昼のポカポカ陽気で開花したようです。もう他の枝には葉も出始めており、ピンク一色というわけにはいかないかも知れませんが暫くの間楽しめそうです。

1303_2 一昨日、カミさんを迎えに行った時、国立劇場前にある1本目の「駿河小町」の脇に立てられた看板を撮影して参りました。この品種の解説が丁寧に書かれています。もしそちらにお出かけの際はぜひご覧下さい。当院の桜は内玄関前ですのでご鑑賞希望の方はご遠慮なく受付までお申し出ください。

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2013.03.13

駿河小町、もうすぐ開花

1303_3 我が家の庭に1本の桜が4年前に来ました。国立劇場で苗木を販売していた「駿河小町」です。国立劇場前庭で栽培された新品種です。カミさんが国立劇場で毎年踊れるようになって10周年と言うこともあり、記念に購入してきたものです。ところが 昨年までは一度も開花せず、いつになったら咲くのだろうと思っていました。一昨年は台風の折、幹がくにゃりと池に倒れかかり「もうだめか」と諦めかけたこともありました。昨今の陽気で福岡でソメイヨシノの開花が報じられた今日、じっくり見つめてみると蕾らしきものがいくつも発見されました。さて、開花はいつになるでしょう。咲いたら真っ先にこちらでご報告いたします。

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2012.11.13

20万アクセスに感謝

 本ブログのアクセスが昨日200,000に達しておりました。2005年に書き始めて以来、ご覧いただいた皆様に感謝いたします。これからも気長に継続させていただきますのでどうぞよろしくお願いいたします。

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2012.03.11

お祈り

 東日本大震災からまもなく1年を迎えます。当日はかなりの揺れを自覚したものの(情けないことに)これほどの被害になるともわからず診療をそのまま続けて夕刻のニュースで初めて事態を知りました。
 犠牲になった方々のご冥福をお祈りいたします。また、現在もなお被害のため苦しい生活を余儀なくされている方々へ一日も早く笑顔が戻る日が来ますようお祈りいたします。

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2011.11.03

輝きの森ホールミニコンサート

 10月30日、国際ゾンタ26地区エリア2東京IIゾンタクラブの主催で行われた標記コンサートにお邪魔してきました。フラメンコギターの第一人者、伊藤芳輝さんの演奏をたっぷり堪能してきました。演奏はもとよりスピーチもユーモラスで、楽しいひとときを過ごしました。
 特に印象的だったお話しは「ベサメ・ムーチョ」についてのくだり。この曲はスペイン語で「いっぱいキスして」と言う意味なのですが、これは恋人への言葉の唄ではなく、死期を控えた父親が自分の娘に語っている言葉なのだそうです。むろん、伊藤さんは「この話を病院でのボランティアのコンサートで話し始めてしまい...」と笑いをとっていましたが、とても共感できる小咄でした。

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2011.10.22

17万アクセスいただきました

 先ほど自分のブログを覗いたらなんとカウンターが「170010」!最近アクセスの進みが速くなっていて自分でも驚いています。これからも「飽きず、焦らず、諦めず」をモットーに書き続けてまいります。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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2011.08.28

いま、医院まえは工事中です。

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約2週間前に医院の前の道路のガス工事が始まりました。しばらく何も行われなくなったので、もう終わったのかと思っていたところ、今朝から再びユンボが入ってきました。いつまでかかるかわかりませんが、わざわざ日曜日に始めてくれたのは、来院される患者さんを心づかってのことかもしれません。

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